山月记(日文)


2023年12月28日发(作者:vivo手机哪款性价比高 质量好)

山月記(さんげつき)

中島敦 (なかじまあつし)

ろうさいりちょう 隴西の李こうなんいさいえいこぼう徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、けんかい介、みずか自たのら恃むところすこぶ頗ついで江南尉に補せられたが、性、狷せんりる厚く、賤吏に甘んずるをこざんきがいさぎよ潔しとしなかった。いくばくもなく官を退いふけを絶って、ひたすら詩作に耽った。まじわり交た後は、故山、に帰臥し、人とひざ下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後のこお百年に遺そうとしたのである。しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うようやて苦しくなる。李徴はようぼうしょうこく容貌も峭かつ漸しょうそうく焦ころ躁に駆られて来た。この頃からそのひいいたず徒けいけいらに炯々とどこは、何処に刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみとうだいほうきょう頬の美少年のおもかげ俤ついして、曾て進士に登第した頃の豊た求めようもない。数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のために遂に節を屈しおのれて、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己はるの詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遥か高位に進み、彼がしが昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、

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しゅんさい往年の儁おうおうは怏いかきずつ傷かたけたかは、想像に難くない。彼いよいよがた才李徴の自尊心を如何にきょうはい々として楽しまず、狂じょすい悖の性は愈々抑え難くなった。一年あるの後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿った時、遂に発狂した。或夜半、急に顔を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下やみかけだもどにとび下りて、闇の中へ駈出した。彼は二度と戻って来なかった。附近の山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、だれ誰もなかった。

かんさつぎょしちんぐん郡のえんさん袁れいなんという者、勅命を奉じて嶺まうち南 翌年、監察御史、陳つかいに使みちしょうおし、途に商於の地に宿った。次の朝未だ暗い中に出発しようとひとくいどらゆえしたところ、駅吏が言うことに、これから先の道に人喰虎が出る故、旅よろ人は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜ともまわしいでしょうと。袁しりぞ斥けて、出発した。残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果しもうこて一匹の猛虎がたちまと見えたが、忽ち身をくさむら叢の中から躍り出た。虎は、あわや袁ひるがえ飜して、元の叢に隠れた。叢の中から人間の声つぶやで「あぶないところだった」と繰返し

は、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、駅吏の言葉をに躍りかかるか呟2

くのが聞えた。その声に袁は聞き

おぼきょうくとっさ憶えがあった。驚懼の中にも、彼は咄嗟に思いあたって、叫んだ。「そは李徴と同年に進士の第に登り、友の性格が、の声は、我が友、李徴子ではないか?」袁人の少かった李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な袁しゅんしょう峻峭な李徴の性情と衝突しなかったためであろう。

しばら 叢の中からは、も暫かすく返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微かな声が時々洩れるばかりである。ややあって、低い声が答えた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

なつきゅうかつ闊を叙し 袁は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懐かしげに久なぜた。そして、何故叢から出て来ないのかと問うた。李徴の声が答えて言う。自分ともは今や異類の身となっている。どうして、おめおめと故人の前にあさましい姿をいふけんえんさらせようか。かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭の情を起させあきたんるに決っているからだ。しかし、今、図らずも故人に遇うことを得て、愧赧の念をも忘れる程に懐かしい。どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜悪な今の外いと形を厭わず、曾て君の友李徴であったこの自分と話を交してくれないだろうか。

後で考えれば不思議だったが、その時、袁うけいは、この超自然の怪異を、実に素と直に受容れて、少しも怪もうとしなかった。彼は部下に命じて行列の進行を停かたわらめ、自分は叢の傍に立って、見えざる声と対談した。都のうわさ噂、旧友の

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消息、袁が現在の地位、それに対する李徴の祝辞。青年時代に親しかった者同ら志の、あの隔てのない語調で、それ等が語られた後、袁たずの身となるに至ったかを訊ねた。草中の声は次のように語った。

今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊った夜のこと、一睡してかめら、ふと眼を覚ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでいる。声に応じて外へ出てしき見ると、声は闇の中から頻りに自分を招く。覚えず、自分は声を追うて走り出いつした。無我夢中で駈けて行く中に、何時しか途は山林に入り、しかも、知らぬ間つかからだみは、李徴がどうして今に自分は左右の手で地を攫んで走っていた。何か身体中に力が充ち満ちたよひじうな感じで、軽々と岩石を跳び越えて行った。気が付くと、手先や肱のあたりに毛を生じているらしい。少し明るくなってから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となっていた。自分は初め眼を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自ぼうぜんおそ分は茫然とした。そうして懼れた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。しかし、何故こんな事になったのだろう。分らぬ。全く何事わかも我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理すおも由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。自分は直ぐに死を想うさぎうた。しかし、その時、眼の前を一匹の兎が駈け過ぎるのを見た途端に、自

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分の中の人間は忽ち姿を消した。再び自分の中の人間が目を覚ました時、自分のまみ口は兎の血に塗れ、あたりには兎の毛が散らばっていた。これが虎としての最初の経験であった。それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底かえ語るに忍びない。ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心が還って来る。そあやつういう時には、曾ての日と同じく、人語もけいしょそら操れれば、複雑な思考にも堪え得るし、経書の章句を誦んずることも出来る。その人間の心で、虎としてのおのれざんぎゃく己の残虐ないきどおなく、恐しく、憤ろしい。しかし、その、人間にかえる数時間も、日を経おこない行のあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情るに従って次第に短くなって行く。今までは、どうして虎などになったかと怪しおれんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己はどうして以前、人間だたおれったのかと考えていた。これは恐しいことだ。今少し経てば、己の中の人間のうもしま心は、獣としての習慣の中にすっかり埋れて消えて了うだろう。ちょうど、いしずえ古い宮殿の礎が次第に土砂に埋没するように。そうすれば、しまいに己は自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い廻り、今日のように途で君と出会っともくろても故人と認めることなく、君を裂き喰うて何の悔も感じないだろう。一体、ほか獣でも人間でも、もとは何か他のものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのでは

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ないか? いや、そんな事はどうでもいい。己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。ああ、全く、どんなに、恐かなしく、哀しく、切なく思っているだろう! 己が人間だった記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らない。誰にも分らない。己と同じ身の上に成った者でなければ。ところで、そうだ。己がすっかり人間でなくなって了う前に、一つ頼んで置きたいことがある。

そうちゅう 袁はじめ一行は、息をのんで、叢声は続けて言う。

いま 他でもない。自分は元来詩人として名を成す積りでいた。しかも、業未だ成ぺんもと中の声の語る不思議に聞入っていた。らざるに、この運命に立至った。曾て作るところの詩数百篇、固より、まだもはや世に行われておらぬ。遺稿の所在も最早判らなくなっていよう。ところで、そなおきしょうの中、今も尚記ためいただ戴誦せるものが数十ある。これを我が為に伝録してよづらきたいのだ。何も、これに仍って一人前の詩人面をしたいのではない。作の巧しょうがい拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死に切れないのだ。

したが 袁は部下に命じ、筆を執って叢中の声におよは叢の中から朗々と響いた。長短凡そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して随って書きとらせた。李徴の声

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作者の才の非凡を思わせるものばかりである。しかし、袁ばくぜん漠なるほどは感嘆しながらも然と次のように感じていた。成程、作者の素質が第一流に属するものどこであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処おいか(非常に微妙な点に於て)欠けるところがあるのではないか、と。

あざけ 旧詩を吐き終った李徴の声は、突然調子を変え、自らをった。

はずか 羞おれ嘲ごとるか如くに言しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己ちょうあんは、己の詩集が長がんくつがあるのだ。岩安風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることわら窟の中に横たわって見る夢にだよ。嗤ってくれ。詩人に成じちょうへきりそこなって虎になった哀れな男を。(袁は昔の青年李徴の自嘲癖を思おもい出しながら、哀しく聞いていた。)そうだ。お笑い草ついでに、今の懐を即席の詩に述べて見ようか。この虎の中に、まだ、曾ての李徴が生きているしるしに。

袁は又下吏に命じてこれを書きとらせた。その詩に言う。

偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃

今日爪牙誰敢敵 当時声跡共相高

我為異物蓬茅下 君巳乗気勢豪

此夕渓山対明月 不成長嘯但成

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ひやしげ 時に、残月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に暁の近はっこうきを告げていた。人々は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、この詩人の薄を嘆じた。李徴の声は再び続ける。

なぜよ倖 何故こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように依おれれば、思い当ることが全然ないでもない。人間であった時、己は努めて人とのまじわり交きょごう傲だ、尊大だといった。実は、それがもちろん論、曾てほとん殆を避けた。人々は己を倨しゅうちしんど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。勿いきょうとうの郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云わない。しかし、おくびょうそれは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を成せっさたくまそうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努ごめたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することもいさぎよ潔せいしとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為でおのれたまあらおそゆえあえみがある。己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨ころくろくかわら瓦にうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌おれ々としてふんもん悶と伍することも出来なかった。己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤

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ざんいますますおのれ々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果慙恚とによって益になった。人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だといおれう。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさもわずわしいものに変えて了ったのだ。今思えば、全く、己は、己の有っていた僅かなばかりの才能を空費して了った訳だ。人生は何事をも為さぬには余りに長いが、ろう何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、ばくろひきょうきぐいと才能の不足を暴露するかも知れないとの卑すべ怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。虎と成り果ようやてた今、己は漸やくそれに気が付いた。それを思うと、己は今も胸を灼かれるような悔を感じる。己には最早人間としての生活は出来ない。たとえ、今、己がの中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよひごとう。まして、己のは日毎に虎に近づいて行く。どうすればいいのだ。己の空たまいわ費された過去は? 己は堪らなくなる。そういう時、己は、向うの山の頂の巖くうこくに上り、空ほ谷に向って吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。あそこほもら己は昨夕も、彼処で月に向って咆えた。誰かにこの苦しみが分って貰えない

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ただおそかと。しかし、獣どもは己の声を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。山もきたけ樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。ちょうど、人間やすだった頃、己の傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。己の毛皮ぬの濡れたのは、夜露のためばかりではない。

あたりどこぎょうかく角 漸く四辺の暗さが薄らいで来た。木の間を伝って、何処からか、暁が哀しげに響き始めた。

最早、別れを告げねばならぬ。酔わねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ時が)近づいたから、と、李徴の声が言った。だが、お別れする前にもう一つ頼みかれらまがある。それは我が妻子のことだ。彼等は未だにいる。固より、己の運命に就はずいては知る筈がない。君が南から帰ったら、己は既に死んだと彼等に告げて貰えないだろうか。決して今日のことだけは明かさないで欲しい。厚かましいお願あわどうときとうだが、彼等の孤弱を憐れんで、今後とも道塗に飢凍することのないようにおんこう計らって戴けるならば、自分にとって、恩どうこく 言終って、叢中から慟そむねな倖、これに過ぎたるは莫い。

うかよろこ欣んで哭の声が聞えた。袁もまた涙を泛べ、たちま忽李徴の意に副いたい旨を答えた。李徴の声はしかしもど調子に戻って、言った。

ち又先刻の自嘲的な

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ま 本当は、先ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、己が人間だったなおのれら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、おとているような男だから、こんな獣に身を堕すのだ。

つけくわ そうして、附みち加えて言うことに、袁が嶺南からの帰途には決してこのとも己の乏しい詩業の方を気にかけ途を通らないで欲しい、その時には自分が酔っていて故人を認めずに襲いかかるかも知れないから。又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上ったこちらら、此方を振りかえって見て貰いたい。自分は今の姿をもう一度お目に掛けよもっここう。勇に誇ろうとしてではない。我が醜悪な姿を示して、以て、再び此処を過ぎて自分に会おうとの気持を君に起させない為であると。

ねんご 袁は叢に向って、懇たろに別れの言葉を述べ、馬に上った。叢の中からは、もも幾度か叢を振返りながら、ひきゅう又、堪え得ざるが如き悲涙の中に出発した。

泣の声が洩れた。袁 一行が丘の上についた時、彼等は、言われた通りに振返って、先程の林間の草なが地を眺めた。忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。ほうこう虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。

哮したかと思うと、又、

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底本:「李陵・山月記」新潮文庫、新潮社

1969(昭和44)年9月20日発行

入力:平松大樹

校正:林めぐみ

1998年11月12日公開

2004年2月5日修正

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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